100万人の心の緑化作戦
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名言紹介


【名句055】菜根譚より
心思は慎密を要して、瑣屑なるべからず。
【意】 心の置き所は、丁寧で慎み深くして、それでいてこせこせしない。
【解】  爪は伸ばそうと思って伸ばせるものではありません。いつ伸びるとも知らないけれども、ある時伸びていることに気が付きます。爪が手の甲に出たとか頭に生えたとも聞きません。太古から指先に生えることに決まっています。これは「我々の体内には太古から受け継いだ自然の営みがある」(巌海)ことを教えてくれます。この営みは繊細であるけれども自然の力強さがあります。
 周りへの心配りは立派な慎密(慎み深いこと)ですが、迎合的慎密では相手の言動に一喜一憂して瑣屑(ゆとりや落ち着きのない)の心が生まれます。
 静かに自分の心をのぞいて見ると、くだらないことで悩んでいる自分を発見し、思うままに動かしていると思う我が肉体も実は自然界のリズムによって生かされていることに気付きます。真の意味での慎密を要すとは、天の懐に自己の懐を合わせてすっきりした心を養うことです。
「自懐を天懐に置いて心を養う」(巌海)


【名句056】菜根譚より
清能有容、仁能善断。明不傷察、直不過矯。
【意】 清廉の性格(能)でも清濁併せ呑む包容力があり、優しい性格(仁)でも決断実行力がある。洞察力(明)があっても粗さがしをして人を傷付けず、自分が正直であっても人の不正直さを過度に直させようと(矯正)しない。
【解】  儒学により人間学を学び始めているという若者が尋ねてきました。人生は二度とないから寸暇を惜しんで勉強するようにと激励すると「僕は中庸を行きますから、ぼちぼちと・・」との返事。儒学の「中庸」は極端に走らないという意味です。「人生如何に生きるべきか」という人間学を学ぶような立派な若者が、自己修養の甘やかしに使う言葉ではないと正しました。
 度が過ぎる者には手を焼きます。組織の構成員はリーダーに合わせる集団適合能力(広義の中庸精神)が必要です。性格的にふしだらな者も困りますが、もっと困るのは度が過ぎた平等主義・権利主義を主張して最後まで自説を曲げない者です。本人がある種の正義感に固まり柔軟性がないことに気付いていないから、余計に始末が悪いのです。これを「平等をかざして和を抹殺する者」といいます。


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